大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和31年(ラ)336号 決定

抗告人 安原三吾(仮名)

相手方 安原秋子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、抗告理由の要旨

(一)  新憲法では男女同一の地位がみとめられ、法律上妻は何等の制限を受けず、夫と同一の立場において法律活動ができることとなつた。同時に夫は妻を扶養せねばならぬとの観念は一掃され、民法上夫は妻を扶養すべき義務を負担せぬこととなつた。現実の場合、夫婦が同居して、夫が外部活動を担当して収入を得、妻が家庭にあつて家事を担任する場合がわが国の夫婦生活の常例である。この場合、婚姻費用は民法第七六〇条によつて夫婦が収入財産等に応じて分担すべきものである。この規定は負担者を特定した規定ではなく、ただ単に負担の比率を定めたにすぎない。抗告人と相手方とは性格が合わず、久しく別居生活を営んでおり、婚姻費用は当事者各自が自己の生活費を負担し、相手方に請求することができぬことは理の当然である。原審判は新憲法の規定を無視し、改正前の民法の規定に従つて抗告人に婚姻費用の負担を命じたもので新憲法、改正民法の規定に背反した違法のものといわねばならない。

(二)  原審判は抗告人の昭和三〇年一一月から昭和三一年一〇月までの平均月収手取額を金四八、九九五円五〇銭と認定しているが、その認定の基礎とした調査官の調査は、昭和三〇年七月から昭和三一年六月までの収入の調査であり、従つて、昭和三一年七月から同年一〇月までの収入については証拠に基かない違法の認定といわなければならない。

(三)  そして、右調査官の調査した収入額中には、多額の臨時賞与が含まれているが、臨時賞与は会社の事業成績により有無増減があり、毎月の収入に加算することは適切でない。のみならず、給料生活者が臨時給与を衣料医療費その他予期せぬ支払に当て、月々の生活費に充当せぬことは、世上顕著の事実であるから、これを平均月収手取金の算定に加算したのは妥当ではない。

また、昭和三一年五月末までは、抗告人の○○市に納付する市民税は会社において源泉徴収をせず、抗告人が支払を受けた給料中より直接納付していたものであり、右調査官の調査した抗告人の手取収入金中には約五万円の右市民税納付分が含まれており、右は当然控除して収入額を算定すべきである。

(四)  相手方の収入につき、原審判は月額一、〇〇〇円と判定しているが、相手方には(1)ミシンによる収入が、一月四、〇〇〇円ないし四、五〇〇円あり、(2)○○外客酒房同業会の給与月額五、〇〇〇円を加算すれば、十分自活でき、抗告人に婚姻費用を分担させる必要がない。

(五)  相手方が原審に提出している生計費内訳表に記載する親子二人の生計費月額中(1)主食三、三七七円(2)副食費四五〇〇円、調味料一、四四五円、嗜好品一、二〇〇円、計七、一四五円、(3)御布施御供三五〇円、入浴代四二〇円、(4)教育費一、五〇〇円、(5)被服費一、〇〇〇円の五項目につき検討しても、(1)の主食費は一、五〇〇円以下(2)の副食費等(3)の入浴代は半額以下(4)の教養費は、年令上幼稚園に入れる必要がなく、入れたとしても五〇〇円以下(5)被服費は臨時収入から支出すべきものである、とみるのが相当であり、以上各項目にわたつて月額七、五〇〇円は減縮することができる。

(六)  抗告人の月額平均収入は約三万円で、これから、原審判が支払を命じた一五、〇〇〇円を差引かれると、残額一五、〇〇〇円となり、さらに、相手方のため支払う住宅費熱費等二、五〇〇円を控除すれば一二、五〇〇円となり、抗告人の交通費交際費その他雑費は通例月額五、〇〇〇円を下らないので、残額七、五〇〇円で小学校六年生の長男文男との親子二人のほか実母一人を扶養せねばならぬ立場となり、窮境におちいる。

(七)  最後に、原審判主文に婚姻費用支払の始期を定めてあつて、終期を定めてないのは違法といわねばならない。

二、当裁判所の判断

(一)  民法第七六〇条は、夫婦がその資産収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を、分担する旨を定め、原審判がこの規定にもとづいて、抗告人および相手方の収入、社会的地位、生活状況等を考慮し、抗告人に婚姻費用の支払を命じたもので、夫が当然に婚姻費用を負担すべきものとする立場に出でたものでないことは明らかである。そして夫婦は互に協力扶助しなければならないのであり、(第七五二条)婚姻費用はその経済的能力に応じ、具体的な夫婦関係に即して分担すべきものとしたこの民法の規定が、憲法の要請する婚姻における両性の本質的平等に副わないものと考えることはできない。従つて原審判に抗告人の主張するごとき憲法違反の点があるとは考えられない。また、婚姻費用の分担を定めた右民法第七六〇条は、婚姻が事実上破綻し、別居生活に入つた夫婦についても適用があり、婚姻費用の負担者は、別居の事実のみによつてその負担を免れるものではなく、さらに、同条は、婚姻費用の分担義務者が履行しないときは、相手方はその履行の請求をすることができる趣旨の規定と解すべきであるから、相手方と別居している抗告人に対し、婚姻費用の支払を命じた原審判にはこの点においても違法はない。

(二)  抗告人は、原審判が抗告人の収入額認定の基礎とした調査官の調査報告を昭和三一年六月までの収入の調査報告であると主張するが、同年一〇月末までの収入の調査報告であることは記録上明らかで、この点の抗告人の主張は誤解と考える外はない。

(三)  抗告人は、臨時賞与を平均月収額の計算に算入すべきでないと主張するが、上記調査報告書にあらわれているのは「年末手当」「夏季手当」「期末手当」であり、(「臨時手当」とあるのは昇給差額の支払にすぎない)これらの手当が、いずれも定期的な収入であり、その額も相当な企業においてはほぼ安定していることは常識と考えられるし抗告人の勤務するのが保険会社であること、右にあげられた年度の各手当が特に多額であつたとみとめられる節もないことを考えると、現実に支給された右各手当の額を抗告人の定期収入として平均月収額の算定に加えたのは相当といわねばならない。

つぎに、市民税についていえば、なるほど右調査報告書は、昭和三〇年一一月から昭和三一年一〇月までの間の収入に対し、昭和三一年六月から同年一〇月まで五ヶ月間五回の市民税源泉徴収額だけしか計算に入れていない。しかし、その一月分の徴収額が四、一九五円であるところからみて、その前の税額を同額としても一年四一、九五〇円(源泉徴収においては十ヶ月に分割して徴収していることは公知である)となり、調査報告書が落した額は二〇、九七五円にすぎない。これを控除して、原審判の認めた抗告人の手取平均月収額四八、九九五円五〇銭を修正すれば四七、二四七円五八銭となる。

(四)  抗告人の主張する相手方の収入を、右調査報告書によつて検討すれば(1)ミシン収入については、単に収入の可能性を示すにすぎず、(2)○○外客酒房同業会からの給与も、過去の収入にすぎないことが明らかであり、これらの収入が現実に存するとみられる資料はない。

(五)  相手方の生計費について、原審判は相手方の陳述により月額一七、五四二円とみとめており、記録中にある相手方提出の生計費内訳表にその内訳として抗告人主張のとおりの記載があるが、その各項目の金額が抗告人主張のごとく特に過大な金額とは考えられないし、○○火災海上保険株式会社○○支店査定課長たる抗告人の地位ならびに前記収入からみて、抗告人の子邦男(昭和三一年四月において満五才二ヶ月であり翌年四月小学校に入学すべき年令にあることは記録中の戸籍謄本によつて明らかである)を幼稚園に通わせることを別に不相応と考えることもできない。なお、被服費は臨時収入から支出すべきであるとの抗告人の主張は、全生計費の月平均額を算定せんとするこの場合には無意味な主張である。被服費そのものが重要な生計費の一部たることはいうまでもない。

(六)  原審判による支払をした後の収入残額についての抗告人の主張については、抗告人の主張する月収全額約三万円は、前記諸手当を無視した金額であり、また、住宅費光熱費二、五〇〇円は、すでに、上記調査報告書において、月収手取額を算定するについて控除しており、さらに、通勤費も会社から支給の分が収入から控除してあることが明らかである。従つて、原審判において認定した手取平均月収額を上記のとおり修正した四七、二四七円五八銭から一五、〇〇〇円を相手方に支払つた残額は三二、二四七円余となる計算であつて、右調査報告書によれば、これは、会社における課長会(火曜会)の会費月額一、二〇〇円や、上記通勤費もすでに控除した額であつて、必ずしも抗告人の生活を窮境に追込むものとは考えられない。

(七)  原審判主文に婚姻費支払の終期を定めていないとの抗告人の主張については、記録を通覧して、婚姻解消の目当もなく、抗告人の自発的な履行もできないとみとめられる現在、事情の変更のないかぎり将来継続して同額の婚姻費用の支払を命ずるのが相当であり、原審判が終期を定めなかつた点は何等不当ではない。

(八)  抗告人の主張に対する判断は以上のとおりである。

原審判が抗告人の手取収入の月平均額を四八、九九五円五〇銭と認定したについては、その基礎とした調査官の調査中、前記のとおり一部市民税の控除を落しているところから、月額一、七四八円程の誤算がみとめられるが、他方右調査報告書によれば、抗告人が前記勤務会社の査定課長として出張の機会も多く、右報告書が収入額として採り上げた一定の収入のほかに、相当程度臨時の収入のあることがうかがわれ、抗告人および相手方双方の上記の配分額を比較し、原審判の認定した双方の生活事情を考慮すれば、抗告人から相手方に対し、昭和三一年三月分までは一月一二、〇〇〇円、同年四月分以降一月一五、〇〇〇円割合で婚姻費用の支払を命じた原審判の結論は、なお相当として維持すべきものと考えられる。

そして他に原審判を不当とすべき点はないので、本件抗告は棄却すべきものとし、抗告費用につき民事訴訟法第八九条を準用し、主文のとおり決定する。

(裁判長 判事 神戸敬太郎 判事 木下忠良 判事 鈴木敏夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例